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プレスリリース No.33

信州大学、名古屋大学との共同発表/研究成果

2022年10月17日配信

実験とシミュレーションによる個人差の検討

ネガティブな自己概念はどのように形成され更新されていくか?

 
 

【研究成果のポイント】

うつ病をはじめとする精神疾患では,「自分は無能だ」「自分は人生の敗北者である」といったネガティブな自己概念を保持する傾向にあります。しかしながら,どのように自己概念が形成され,更新されるのか,それらに個人差はあるのか,といった疑問については,科学的にも未解決のままです。

 

信州大学人文学部 松本 昇 准教授,名古屋大学大学院情報学研究科 片平 健太郎 准教授(研究当時),追手門学院大学心理学部 川口 潤 教授らの研究グループは,ヒトが抱くネガティブな自己概念がどのように形成され,更新されていくかを,心理学実験およびシミュレーションによって検討しました。その結果,(a)経験した出来事の感情価(ポジティブ/ネガティブ)と,(b)その出来事の自己一致度(自分らしいと思うかどうか)の2つの要因によって自己概念の更新が行われることが示されました。さらに,人生の初期においてネガティブな出来事が先行すると,その後の人生において多くのポジティブな経験をしたとしてもネガティブな自己概念が強固になってしまう事例がシミュレーションによって示され,この傾向は認知的反応性と呼ばれる,ネガティブな気分に対して過剰に反応しやすい傾向を持つ者(例:憂うつなときは,自分の少しの間違いも許せなくなる)に現れやすいことが示唆されました。 本研究成果は2022年10月10日,Springer Natureが発行する学術誌Cognitive Therapy and Researchに掲載されました。

【研究手法・成果】

この研究において,実験参加者は「開発中の機械学習による心理テスト」を受検し,その後,実験参加者の性格特性,行動傾向,将来の展望などに関するフィードバックが一文ずつ呈示されました(例:あなたは将来大金持ちになる)。ここで重要なのは,実際には機械学習は行われておらず,全ての実験参加者に同じフィードバックがランダムな順番で与えられていたことです。実験参加者には「機械学習によるこの心理テストはかなりの精度を誇っている。しかし,まだ開発中であるので,あなたの回答をもとにフィードバックの内容や表現を調整すること」が本研究の目的であるという旨が伝えられ,それぞれのフィードバックが自分にあてはまるかどうか(フィードバックの自己一致度),自分のことを優れた/劣った人間だと思うか(自己概念)を評定することが求められました。

 

図1に,ポジティブな/ネガティブなフィードバックを受けたときに,それが自分にあてはまると感じるかどうかによって,自己概念がどれほど変動するかを示しました。ポジティブなフィードバックを受け取った際に,それが自分にあてはまると評価した場合は自己概念がポジティブに変容しましたが,それが自分にあてはまらないと評価した場合は自己概念がネガティブに変容しました。反対に,ネガティブなフィードバックを受け取った際に,それが自分にあてはまると評価した場合は自己概念がネガティブに変容しましたが,それが自分にあてはまらないと評価した場合は自己概念がポジティブに変容しました。また,これらの傾向は,認知的反応性と呼ばれる,ネガティブな気分に対して過剰に反応しやすい傾向を持つ個人ほど強いことがわかりました。

図1.実験における自己概念の変化

縦軸は自己概念の変化量を表す(高いほどポジティブな変化&低いほどネガティブな変化)。なお,自己概念は1~-1の値をとる。変化量は極めて小さいことに留意されたい(自己概念は短期間で大きく変動しない)。横軸はフィードバックの感情価に基づく予測誤差を表す。右に行くほどポジティブな(現在の自己と良い意味で乖離している)フィードバックであり,左に行くほどネガティブな(現在の自己と悪い意味で乖離している)フィードバックである。

 

次に,この実験で明らかにされたフィードバックの効果やその個人差要因を数理モデルで表現し,人生における自己概念の発達の様子と個人差(認知的反応性)の効果をシミュレーションにより検討しました。ここでは,実験におけるフィードバックは人生において経験する出来事を模倣しており,フィードバックが自分にあてはまる程度はその出来事の個人的重要度あるいは自分らしさを表すものとします。

 

図2に,経験される出来事のうち8割がポジティブな出来事である場合(2割はネガティブな出来事である場合)に,言い換えれば恵まれた環境で育ったときに,自己概念がどのように発達するのかをシミュレーションした結果を示します。色のついた線は架空の20名それぞれの自己概念の軌跡です。このシミュレーションにおいて,パラメータαやwが小さいときには,誰もがポジティブな自己概念を発達させることができました。ところが,パラメータαやwが大きくなると,出来事によって自己概念が変動しやすくなり,恵まれた環境にもかかわらず比較的少ないネガティブな出来事の影響を強く受け,ネガティブな自己概念が定着してしまう個人が出現します(図2の右下のパネル)。これは,ネガティブな出来事により自己概念がネガティブに変容し,それによってネガティブな出来事は自分にあてはまると認知しやすく,ポジティブな出来事は自分にあてはまると認知しにくくなり(wの大きさがこの傾向に関連する),それらの出来事により自己概念がさらにネガティブに変容するというフィードバックループ (負のスパイラル) が生じることを表しています。興味深いのは,先に述べた実験ではパラメータαやwと認知的反応性には相関関係があったことです。この結果とシミュレーションの結果を合わせると,認知的反応性が高い個人は図2の右下のパネルのような軌跡を辿る可能性が高いことが示唆されます。

※ wはフィードバックの自己一致度におけるフィードバックの感情価と自己概念の感情価の交互作用を決めるパラメータ (wが大きいと,例えば自己概念がネガティブになっているときにネガティブなフィードバックは自分に当てはまっていると感じやすく,ポジティブなフィードバックは自分にあてはまっていると感じにくい)。αは一回の経験による自己概念の変化のしやすさの程度を決めるパラメータ。自己概念の更新量は,α×自分に当てはまる程度×予測誤差となる。

図2.架空の20名における自己概念の発達過程(ポジティブな出来事を8割経験した場合)

パラメータα(0.1, 0.3, 0.5)とw(0, 1, 5, 10)の組み合わせが異なる12回のシミュレーション結果を表している。縦軸は自己概念を表しており,高い値ほどポジティブな自己概念を保持していることを表す。横軸は出来事経験の蓄積を表しており,ここでは架空の出来事を100回経験したとするシミュレーションを示している。

これらのシミュレーション結果は,良い環境にあっても精神疾患に陥ってしまう個人が存在する理由を示唆するものであり,自己概念に関する研究を進展させるものです。

<論文情報>

題目:Cognitive reactivity amplifies the activation and development of negative self-schema: A revised mnemic neglect paradigm and computational modelling

著者:Noboru Matsumoto, Kentaro Katahira, & Jun Kawaguchi

掲載誌:Cognitive Therapy and Research

日付:2022年10月10日

DOI:https://doi.org/10.1007/s10608-022-10332-x

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