ホーム>大学紹介>学長メッセージ 言伝>学長メッセージNo.14 言葉に敏感になろう

2020.07.10

言葉に敏感になろう

 七月になりました。かれこれ半年近く「コロナ禍」の中にありますが、この状況は、ウィルスのみならず変な言葉もたくさん世に撒き散らしました。

 「自粛要請」がその代表的なものです。要請されれば自粛ではありません。
 「緊急事態宣言」も、考えてみれば不思議な言葉です。緊急事態は、宣言するものなのかどうか。また、非常事態ならともかく、緊急事態は何が急がれるのか中身がわからず、舌足らずです。
 「ソーシャル・ディスタンス」というのも誤解を招きやすい言葉です。「社会的距離」と訳せばわかるように、「ソーシャル」の意味に、2メートルほど離れることが「社会的」行為であるという別の意味が付加されているからです。「安全な距離」で十分なものを、私には押しつけがましく感じられます。
 とりわけ違和感があるのは「濃厚接触」という言葉です。いつ聞いても赤面しそうになります。
 接触とは当然ながら、接し触れることですので、近くても離れていることを言うのには無理があります。濃厚という言葉もこってりとした状態をいう言葉で、距離が近かったり時間が長かったりの形容としては行き過ぎです。これらはあくまで比喩なのです。

 私は、細かいことにこだわり過ぎなのでしょうか。
 言葉の乱れは情報の誤伝達にも繋がります。どの言葉が正しいのか、ふさわしいのか、ずれているのか、これらを考えながら文章を書けば、自ずと文章力は磨かれます。
 こだわることは、学問的態度としても決して悪くないはずです。

 駅のホームで「あぶないですから、黄色い線の内側までお下がりください」という言葉を初めて聞いた時、強い違和感を覚えました。「危険ですから」なら分かります。「危険だから」の丁寧語と類推できます。しかし、「あぶないです」から丁寧さを省くと「あぶないだ」という変な語になってしまい、ここに引っかかったのです。しかし、友人にそう説明しても、「そうかなあ」「別にええやん」と言われただけでした。
 それでも皆さんには、やや過剰過敏なほど、言語感覚を機能させてみて欲しく思います。そこから何かに気づくかもしれないからです。
 言葉に敏感になりましょう。

 ところで、「コロナ禍」という言葉は、どう思いますか。

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